世界13カ国を夫婦で貧乏旅行した時の世界一周旅行記。帰国後は登山と自転車のことなどを中心に。

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カタカリダンス

カタカリダンスの画像
カタカリダンスに登場した魔女

コーチン2日目、再び下痢になり、内臓を雑巾で絞ったような痛みが腹を襲う。朦朧とした意識で、途中道路に座り込んで休憩を取りながらも、コーチン名物カタカリダンスの開催場所に到着。着いたはいいけどこりゃ途中退席かな、と思っていたのだが、カタカリダンスが始まると同時に、想像を遥かに上回る踊りの迫力に腹の痛みもピタリと止まる。カタカリダンスといえば、黄緑色に塗った顔に、白いエラのようなものをつけたカエルのようなメイクと、三角錐型の派手な衣装と言えば知っている人もいるだろうか。南インドを代表する伝統芸能なのである。

僕らが見た演目では、この黄緑色のカエル男が演ずる王子の他に、もう1人の顔を黒く塗って黄色と赤の化粧をした毒虫のような魔女が登場した。洋服はジプシーのように横に大きく広がったスカートを履いて、色とりどりの布や宝石で着飾っている。この魔女が仮面ライダーのショッカーみたく「ヒーンッ!!、ヒーンッ!!」と叫びながらステージを駆け回る様子は相当狂っている。

しかし、インパクト勝負かと言うと全然そんなことはなく、カリダンスは手足の指先の動きから、顔の全筋肉と眼球を巧みに操って、正に全身で感情を表現する踊りなのだ(本サイトの動画でも見てみてね)。このあたりは日本の歌舞伎によく似ているような気がする。僕はすっかりカタカリの世界に心を奪われてしまい、役者が象やコブラの動きを真似た際に、本当に獣が目の前で動いているような気がしてビクンと身体を震わせてしまった程だ。演劇をこんなに集中して観たのは本当に久しぶり。

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コーチンはマリオだらけ

コーチンのチャイニーズ・フィッシング・ネットの画像
チャイニーズ・フィッシング・ネット。魚は少ししか取れない。

ゴアに別れを告げた僕らを乗せた夜行列車は、16時間かけて南インドの都、コーチンの駅に到着。昨夜は寝台が狭く、手足を丸めて胎児のような体勢で寝たせいか、身体中がキシんで痛い。ロボットみたいにぎこちない動きで列車から降りる。暗くすさんだコルカタやムンバイの駅とは雰囲気が違って、景色全体がパッと明るい。壁の色がオレンジ色に塗られているからかな?と思ったが、いや違う。この明るさはここにいる人々から出される空気だ。痩せ型の多い北インドと比べ、太ったマリオみたいな感じの人が多く、何だか町全体に陽気な空気が漂っているみたいだ。

これが南インドの雰囲気なのかな~、とキョロキョロしながらよそ見をして歩いていたら、メスダルに「危ないよ!」と注意されハッと立ち止まる。前を見ると、間一髪のところで天然痘を患った婆さんに正面衝突するところであった。顔や手が大小無数の瘤で覆われた婆さん。この年齢でボコボコになってまで炎天下の下、物乞いを続けねばならないとは、何とも気の毒である。ウワッと避けるような動作をしてしまって誠に申し訳ない、と思いつつも喜捨をする余裕がなく、そのままそこを立ち去る。

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ゴア、パロレムビーチの牛たち

夕方になると海岸に集まるゴアの牛くん達の画像
インドではビーチにまでも牛がいる

ムンバイーから列車で12時間、南インドのゴアに到着。この地域はかつてヒッピーの聖地として知られた場所で、今でも複数あるビーチの内の幾つかでは若者達が夜な夜なレイブ・パーティに明け暮れている。

僕らの向かったビーチはそんな喧騒とは無縁の、ゴアでも最南端にある静かな海岸、パロレム・ビーチ。鬱蒼と茂る椰子の木に囲まれるように三日月形に湾曲した海岸は「失われた楽園」と呼ばれているが、それも過言ではない程、絵に描いたような美しい眺めが広がっている。

旅行者の数もそれ程多くはなく、緩やかな時の流れを楽しみにやって来た老夫婦が波打ち際を散歩している姿がここにはよく似合う。砂浜には人工的なものは一切落ちていなく、ただ僅かな貝殻の欠片が打ち上げられているのみ。時々青緑色の小さな美しい蟹が砂浜に顔を見せるが、波と砂が蟹の上に覆いかぶさり、干いた後にはもうどこにもいない。

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ムンバイのスラム、インドの耳かき屋

2階建バスの画像。ムンバイは英国の影響を強く受けた
ムンバイ名物、2階立てバス

ムンバイ行きの飛行機に乗る日は全般的に飛行機のダイヤに遅れが生じ、僕らの飛行機も3時間の遅延。飛行場内には列が1列では収まりきらず、飛行場の角を曲がって更に列が伸び、どこが最後尾なのか分からない程の状態に。

本来ならムンバイーには夜7時に到着するはずだったのに、夜10時になって漸く到着。ヘトヘトになりながらも空港の外に出てタクシー乗り場へ向かう。ガイドブックには「空港でのタクシーは警官が行き先と金額を調べてくれるから安心!」と書いていたので、警官の傍まで行くと、警官は首をくいっと斜めに曲げて、このタクシーに乗れというジェスチャーをしただけで、他には何もしてくれなかった。言われるがままタクシーに乗ると、何故か運転手の他にもう1人男が助手席に座っている。嫌な予感がしないでもなかったが、行き先を告げて中心地へと走り始める。

空港を離れてから暫くすると、車道を挟んだ左右に驚くほど長いスラムが現れ始めた。車道に沿って小さくて汚い小屋が、まるで合わせ鏡でも見ているかのように、はるか前方の暗闇までずっと続いている。それらの小屋の前では、薄汚い人々が道ばたに直に横になって眠っている。

この辺りはかつて世界最大のスラムと呼ばれたところで、今は大分改善されたと或る本には書かれていたが、いやいや、このどこまでも果てしなく続く貧民窟の、一体どこが改善されたというのか。時速60キロの車で30分以上も視界から途絶えることのない果てしないスラム。これには少なからずショックを受けた。

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コルカタ最終日

コルカタの水汲み場の写真。ブタの皮で設えた袋に水をためる
毎日この地下水汲み機の周りにたくさんの人が集まっている

今日でコルカタともお別れ。それにしても、コルカタでは体調を崩してしまって何も観光らしいことができなかった。唯一遠出をして見たものといえばプラネタリウムくらい。しかし、どうせ見るならヒンドゥー教の寺院にでも行けば良いものを、なぜに東京でも見ることのできるプラネタリウムをわざわざ選んでしまったのか、自分の行動が理解できない。

とはいえ、観光バスに乗ってコルカタ市内を見学したところで、まぁ東京で言ったら東京タワーと浅草と国会議事堂を見るようなものなのだから、もともとそういったものに対して興味の薄い自分としては、ゲストハウスの周りで普通に生活している人々を眺めている方がずっと面白いのだけれど。(でもやっぱり、プラネタリウムはないやな)

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サダルストリート、靴の修理

コルカタ、サダルストリートで出会った靴修理職人の写真
無口だが仕事は完璧な、いぶし銀の靴修理職人。

コルカタ3日目の深夜。夢の中で僕はクラシックのコンサート会場にいる。幕が上がり、景気の良いティンパニーの演奏がディンドンディンドンディンドン!!と鳴り始めた。「さぁさぁ、コンサートの始まりだ!」と胸を高鳴らせていると、太鼓の音は徐々に自分の腹の痛みへと変わり、ついに痛さのあまりバチッと目を開いて夢から覚めた。

「痛ででででーっ」っと腹を押さえながら便所に直行し、便器に座るや下痢に次ぐ下痢に次ぐ下痢(失礼)。ヒイヒイいいながら1時間近く便座の上から動けず、やっとベットに戻った後も暫くの間マットの上をゴロゴロとのた打ち回る始末。一体何を食ってこうなったのだかサッパリ分からないが、とにかく痛い!

翌朝も何とか歩くことはできたものの、全身に力が入らず、遠出をすることは無理な状態。仕方がないのでサダルストリートの近くにある公園をのんびりと散策。呆っとしながら歩いていると、道の端っこに座っている靴修理職人の爺さんがこっちを見て手招きをしている。僕が今履いているナイキのスニーカーに開いた穴を遠くから発見したらしい。

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インドの列車、ベナレスからコルカタへ

kolkata001_380.jpg
コルカタ名物、アンバサダー(インドの国産車)

ヴァラナシ駅で列車の来るのを1時間ほど待っていると、ボロボロのサリーに身を包んだ15人くらいの老女の集団が目の前にやってきて、地べたに体育座りをした。暫くして彼女らの中から6人が立ち上がり、プラットフォームの一番線路に近いところで1列に並び、サリーを捲り上げてしゃがんだかと思うや、一斉に放尿を開始した(!?)

彼女達がしゃがんでいた場所を見ると、コンクリートの地面に黒い水溜りができ、ホカホカと湯気を上げている。すぐ近くにトイレはあるのに何故彼女らがプラットフォームぎりぎりのところで座り小便を済ましたのか。行為に及んでいる最中に電車が来たら危ないではないか。といったようなどうでも良いことを考えている内に、我々の乗るコルカタ行きの列車がやってきたので、中に乗り込んだ。

寝台列車に乗って自分らの座席に腰を落ち着けるなり睡魔に襲われ、只管眠って次に気づいた時には既に朝を向かえていた。車窓から外を眺めると、一面に田園風景が広がっていて、そのずっと向こうの方に線路と平行に流れる道路を1台のバスが走っていた。車の上には立錐の余地も無い程たくさんのインド人が乗っているのだが、遠目でそれを眺めると、何だか毛穴スッキリシートで取った、鼻の毛穴につまった油の塊にそっくりだと思った。

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ベナレスの火葬、人の体液

美しきガンジス河の画像

ヴァラナシに来て3日が過ぎた。6年前にも1度ここを訪れたことがあるけれど、ガンジス河周辺の様子は全くといって良い程変わっていない。迷路のような小路とどこまでも続くガンガーの岸辺に、相変わらず世界中から集まったバックパッカーと、彼らから金を得ることばかりを考えているインド人、それから牛・犬・山羊等の様々な動物達が共生している。

僕達がゲストハウスの場所を確かめようと道の角に立ち止まって地図を広げると、早速1分もかからない内に胡散臭いインド人が寄ってきて日本語で話しかけてきた「ドコノ宿探シテル?」そこで僕らが「プジャ・ゲストハウスだ」と返答すると、「Oh! ワッタシソコデハタライテルヨ」といって勝手に僕らの前を歩き始め、振り返って「カムカム」等と言う。もし彼が僕らをゲストハウスまで連れて行くと彼らの懐には1日の宿泊代の50%が入ることになる。

僕が「自分で行くからいい。着いて来ないでくれ」といって左手で彼の腕を触ると、「Why you touch me!」と突然切れ出した。不浄の手で触ったからであろうか。訳が分からない。兎に角彼を振り切って自分らだけでゲストハウスに着くと、彼は先回りして既にプジャ・ゲストハウスに辿り着いており、「ほら、俺はここで働いているだろ?」と言った。しかし、1日中ゲストハウスでのんびりしていても、彼の姿を見かけることは無い。やはり彼は単なる客引きなのだろう。

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スノウリ、ネパールからインドへの国境(後編)

ネパール、インド間の国境の画像
国境を目の前にしたオスダル。ここを越えればインドだ!

国境を越えると、たくさんのジープやタクシーが旅行者を待ち構えている。その中の1台を捕まえてヴァラナシまで行きたい旨を告げると、ここからは遠すぎるのでまずは途中にあるゴラプールという町まで行き、そこから電車なりバスなりに乗り換えるようにとの返答。了解してジープに乗り込み中で待っていると、窓の外から身なりの整った背の高いインド人が話しかけてきた。

「お前はここからヴァラナシ直通のバスがでているのを知っていてこのジープに乗っているのか?俺がバスのチケットを取ってやるから着いて来い」 確かに直通のバスがあるのであれば、そちらに乗り換えた方が時間も金も節約できる。彼の言うことを信じた僕らはジープを降り、バスのチケットを扱っているという彼の知り合いの店へと向かった。こんな胡散臭い奴の言うなりに店に入ってしまて大丈夫だろうかとも思ったが、彼は約束どおりバスのチケットを手配してくれ、何も請求することなくその場から立ち去った。なんだ、いい奴ではないか。幸先がいいぜ。

バスの来るのを待つこと30分、やっぱりインドは列車だけではなくバスも遅れるのだ。今度は背の高いインド人とは別の、オニギリ型の輪郭に口髭を生やした、背の低い胡散臭い男(以降、ヒゲオニギリ)がこちらに近づいてきて、僕らにこう告げた。

「今日はホーリー祭だろう?30人以上乗客が集まらないとバスは来ないよ

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スノウリ、ネパールからインドへの国境(前編)

ネパール国境の町、スノウリの画像
ネパールとインドの国境の町、スノウリ。殺伐とした空気が漂っていた

バスに乗ってスノウリへと向かう。沢木耕太郎の深夜特急にも登場した、インドとネパールの国境地帯だ。

僕らの乗ったオンボロバスは、サスペションが壊れているのか、グッシャンガッシャンと激しく揺れに揺れて、下手をしたらこのまま分解してしまいそうなほどだ。バスの中にはスピーカーが6つ(何故かこれだけ新品)。そのスピーカーからパチンコ屋の如き大音量でインド音楽が流れまくる。

インド音楽特有の女性ヴォーカルが「ホンヤカホエデェ~ハレハレ~!!」とキンキン声で歌い上げ、それが直接的に脳に突き刺さる。頭が狂いそうだ!!けれど、クレームをつけるものは誰もいない。自己主張の激しい白人諸君よ、こういう時こそ声高らかに批判しようではないか。まだ7時間もあるというのに・・・。近くで「Oh!」という叫び音がしたと思ったら、隣の外人が座っている椅子の背もたれがぶっ壊れて後ろに倒れ、ベット状態になっていた。

「もうこんなバスは耐えられん、死ぬる」と思ったその時!突如、後部座席の窓ガラスがグワッシャーン!!と割れる音が聞こえた。「なんだなんだなんだ!?」パニックに陥ったバスは緊急停止。窓の向こうにはホーリー祭で興奮した若者達。どうやら奴らが石を投てきしたらしい。しっかし、そこまでやるか!? 

更にその若者達はバスの中へと無断で入ってくるなり、「ウヒャーッヒャーッウヒヒヒヒヒヒヒーーーーーッ!!!」と叫び、暴れまくった。恐い・・・そして狂ってる、完全に狂ってる・・・。怒髪天を貫いた運転手は若者達に向かって「ホゲチャラハベヘベベベベベッ!!!」と怒声を浴びせまくり、流石にそれにはビビったのか、若者達は先ほどの勢いはどこへやら、すっかりクールダウン。すごすごとバスを下車し、どこかへと去っていったのであった。

この出来事は流石にビビったけれど、これ以降機嫌を損ねた運転手が音楽を止めてくれたので、まぁこちらとしては狂わずに済んで助かった。実はその日は、1ヶ月間続くホーリー祭の中でも最も激しい日なのであった。酒やドラッグに酔った男連中が何をしでかすか分からないから、インド人女性もこの日は外に出ないらしい。

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怒るネパール牛、メスダル吹っ飛ぶ

メスダルを吹っ飛ばした牛の画像
こいつがメスダルを吹っ飛ばした牛だ!顔が恐い!

ネパールのポカラという町に来てから、はや5日が過ぎた。

のどかな朝。安らかな気持ちで田舎道を散歩していると、背中から「ウギャーッ!!」という悲鳴が聞こえた。振り向くと、体をボールのように丸めたメスダルが、アスファルトの上をバウンドし、その後壁に激突したところが見えた。いきなり何が起きたのだ!?

メスダルのすぐ横を見ると、そこには一匹の凶暴な顔をした牛がいて、両足を広げて上目遣いで、荒い鼻息を「フンッ」と吐き出していた。どうやらコイツが、相当な力でもって、メスダルをグインと持ち上げ、そのまま宙に向かってブンッと放り投げたみたいなのだ。メスダル曰く、ヒマラヤを眺めて「ふんふんふん~♪」てな感じでルンルンで散歩していたところを、いきなりやられたらしい。

周囲には、この状況の行く末を見物しようと、何人ものネパール人達が集まってきて、興味シンシンってな目で僕たちを見つめている。メスダルは「ううっ、いだいよ~いだいよぉ~」と泣き叫んでいる。見るな・・・、これは見世物ではない、頼むからそんなにジッと見ないでくれ・・・。

優しい牛の場合
因みに優しい牛はこんな顔をしています(ベナレスにて)

恐らく原因は、今日が丁度「ホーリー」の開催日だったことだろう。ホーリーというのは、インドの最も大きなお祭りの1つで、ネパールでもそれは行われている。この日は子供も大人も色のついた色水(水風船や、水鉄砲に入っている)を持っていて、人・動物にかかわらずぶっかけ回って遊ぶのだが、その色水をかけられたり、殴られたりして怒った牛が、周囲にいて最も弱そうなメスダルに攻撃をしかけたものと思われる。大事が無かったからこそ笑い話で済むが、気をつけるべし。

それにしてもメスダルよ、メスダル。君はなぜネパールで、このような事件に巻き込まれるのか。カトゥマンドゥでは道路に開いた前方後円墳のような謎の穴に足を突っ込んで転倒し、ポカラでは牛に跳ねられ、ここから先どんな災難が待ち受けているのか、ぼかぁ心配でならないよ。

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