世界13カ国を夫婦で貧乏旅行した時の世界一周旅行記。帰国後は登山と自転車のことなどを中心に。

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グラナダのサンブラ(フラメンコ)

グラナダ風フラメンコを踊る踊り子の画像その1
フラメンコの踊り子1

アリカンテからバスで6時間ほど山間を移動し、僕らはスペイン南部の都、グラナダへと向かった。距離的には丁度東京から大阪までバスで移動するくらいを想像してもらえば良いだろう。ぼんやりと車窓を眺めていたら、ゴツゴツした岩山の砂地に大きなウチワサボテンが群生している姿が見えてきて、だんだん近づいて大きくなってきたなと思ったら、あっという間に車窓の向こうに消えていった。眩しいくらい青い空には、積乱雲に近い雲がもくもくと生えていた。

グラナダに到着してまず目に入ったのは、ブランドものの店や銀行が立ち並ぶ通りをアイスクリームを舐めながら大勢の観光客が行き交っている様子。それはまるで東京の表参道かキャット・ストリートのようで、自分が抱いていた情熱の土地、アンダルシアのイメージとは幾分異なるものであった。おそらく東京にやってきた外国人のうちの何割かも、今の自分と同じような心境を味わうものなのかもしれない。あれ、忍者はどこにいるんだ?みたいな。

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バルセロナのサン・ジュセップ市場

市場でイチゴを見つめるスペインおじさんの画像
サン・ジュセップ市場1

バルセロナ3日目。入場料を取られない見所は大体見てしまったのと、レストランに入る金がないという理由で、今日はサン・ジュセップ市場というバルセロナ最大の市場へ行く。ここで見学がてらにトマトとバナナでも買って、朝昼兼の食事を取ろうという算段だ。

地図によれば、サン・ジュセップ市場は、ランブラス通りというスペインの表参道とも言うべき華やかな通りから道を1本中に入ったところにあるらしい。けれど、服屋やレストランの立ち並ぶ大通りの中に本当にそんな市場があるとはどうもしっくりこない。それに地価が高くて大した規模の市場なんてできないんじゃないの?などと思いながらも地図どおりに進み、地図通りに道を1本中に入ると、突然そこに巨大な果物の塊が現れた。

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バルセロナのへちま

バルセロナのカフェの中から外を撮影。モデルみたいな女の人が通り過ぎた
バルセロナのカフェにて

さて、バルセロナに着いてしまった。

「着いてしまった」という言いまわしは日本語的におかしいけれど、これが今の自分の心境に一番近いように思えたので敢えてそう書いてみた。どういうことかというと、普通、海外旅行をするとなると、半年くらい前からその国に関する本を何冊か読んで歴史や文化を学んだり、自分の訪れる町に関してあれこれ想像を逞しくして事前に「行くぜ感」を最大値まで高めるものであるが、今回のように急ピッチで世界を回っていると、ある日突然「あ、明日はスペインか!」といった風に、本人の「行くぜ感」がミニマムの状態で、半自動的に身体が他国に行ってしまった・着いてしまったといった感覚を覚える。だから、「バルセロナに着いた!」という能動型の表現ではなく、「着いてしまった」という受動的表現の方が自分的にしっくりくるのである。

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プラハの古道具屋

プラハの古道具屋の画像
プラハの古道具屋にて その1

ガイドブックによれば、プラハは骨董・古道具屋が多いことでも有名な街のようである。オスダル&メスダルもそうした類の物が嫌いではないので、昨日は掘り出し物を求めて、「プラハ・マーケット」と呼ばれる市場へ行ってきた。

プラハの北、ホレショビッツ駅を降り、日射病になりそう強い日差しの中、道行く人に場所を尋ねながら歩くこと30分。漸く辿り着いたその場所は、僕らが想像していた通り、青空の下に色とりどりの敷物が所狭しと並び、その上で様々な種類の小物や古い切手、時計、絵葉書、クリスマスの飾り、双眼鏡などが売られるプラハ版「蚤の市」であった。はずなのだが・・・。

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シュヴァンクマイエルのギャラリー

シュヴァンクマイエルのギャラリーの画像。シュルレアリストの作品がたくさんあった!!
ヤン・シュヴァンクマイエルのギャラリーにて

チェコに着いて2日目は、路面電車に乗ってヤン・シュヴァンクマイエルのギャラリーへ。

入口のドアを開けると、店の奥では3年前と同じく気難しそうな婆さんが本を読みながら店番をしており、彼女の変わらぬ姿を見て勝手にホッとする。ギャラリー内に展示された作品の様子は前と少し変わっており、ヤン氏と、昨年亡くなったエヴァさんの作品は数えるほどしかなく、代わりに他のシュールレアリストの作品が多くを占めていた。

作品の量も以前と比べて少なくなり、全体的に簡素になったようだ。僕は以前ここに来た時がそうだったように、雑然とした店内に、ヤン氏の本物の作品群がゴロリと無造作に転がっているような雰囲気が好きだったので、この整理された店内の様子が少々残念に感じた。

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やっぱりプラハは金の虎

プラハの旧市街広場の夜を撮影した画像
積み木のような建物に囲まれた旧市街広場

居心地の悪かったミュンヘンを早々に脱出し、僕たちはチェコのプラハへと移動。プラハ本駅を降りると、3年前に訪れた時と比べて構内が幾分明るくなった気がする。以前ここに来たときは薄暗い明かりの中に荒んだ空気が漂っていたように思うのだが。それは僕らがアジア諸国を通過してきた為、それらの駅と無意識に比較することによってそう感じるのかもしれないし、或いはこの3年間の期間でこの街そのものが変わったのかもしれない。何せペレストロイカからたった十数年の間に、世界中から観光客の集まる街を作りあげてきた国なのだから。

駅を出た後は地下鉄に乗って、懐かしの旧市街広場へと一直線に向かう。半径50メートル程の広場を取り囲むように色とりどりの積み木のような建物が円形に配置され、教会の尖塔と巨大な時計台が主人公となったこの広場の美しさは他に例をみない(まぁ、外国人観光客だらけで、浅草みたいな雰囲気とも言えるんだけど)。

しかし、3年前はこれらの建物を眺めた際にはノイズが全くなかったというのに、今回は広場に悪趣味なみやげ物を売る露店がランダムに立ち並び、どこを見回しても美しい景色の中にこれらの露店が視界に入ってしまう。この広場の眺めはシンプルなほど美しいのだが、観光として盛り上げる為には致し方ないことなのだろうか・・・。と偉そうなことを言いつつ、露店でホットドックを買って頬張る自分。言っていることとやっていることが反対だが、空腹には勝てないのだ。

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ミュンヘンで鳥と出会う

美しきトルコの夕日の画像
トルコ最後の夕日・・・さようなら、トルコ

今夜がトルコの最終日。新市街のベイオウルという区域を散歩するが、景観を損ねぬよう色合いを統一した店の看板や、石畳の道の真ん中を走るレトロな路面電車にどこかディズニーランド的「作っちゃいました」感を覚え、あまり好きになれず。

しかしこの大通りを1本中に入ると景色は俄然トルコらしさを取り戻し、頭に小さなボンボリの付いた帽子を被った爺さんが、チャイを飲んでぼうっとしていたり、ゲームカフェの奥の方で男達が数人固まってバックギャモンに熱中していたりといった風景が広がっていてほっとする。

トルコには約2週間いたけれど、自分にとってはイマイチ掴みどころのない街であった。適度に刺激はあるのだけれど、近づこうとすると離れるようなというか。商売人たちは気さくな性格なのだけれど、何故か心の底からドーンと仲良くなれない。これは恐らく一部のトルコ人の顔がイタリア人的な調子の良い顔(ルパン3世顔?)をしていることが少なからず影響しているように思われる。もちろんトルコは様々な人種の入り混じったところなので、ルパン3世顔ばかりではないのだが、トルコ人というと何故かこの顔の印象が強い。

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カッパドキアからパムッカレへ

ギョレメにあるスターケイブホテルの画像。なんと、洞窟をくりぬいてできてるんですよ!
カッパドキアで僕たちの泊まった洞窟ホテル

カッパドキア最終日。朝食を食べようとレストランに入ると、偶然にも5年前にウルルン滞在記で武内由起子さんがホームステイした家の息子さんが経営している店であった。その当時の滞在の様子を撮ったVTRを見せて頂いた後、彼は「ホームステイの家、ここから近いから見に来る?」と誘って下さった。その家は世界遺産に認定されたキノコ岩をくりぬいて作った洞窟住居で、一般家庭の洞窟住居を見ることもなかなか機会のないことなので、お言葉に甘えてお邪魔することにした。

ところでカッパドキアの奇妙なキノコ岩について少し調べてみたのだけれど、これらは昔、エルジェスとハッサンダという2つの火山の活動により岩が隆起し、柔らかい部分が雨や風で削り取られてできたものなのだとか。そしてAD4世紀頃から、キリスト教徒がその岩を掘って住み始めたとのことだが、未だに住んでいる人たちもいる訳だからその歴史はとても長い。・・・なんて、実はウルルンのお宅にお邪魔したからといって何があったという訳でもなく、お茶と菓子をご馳走になって帰ってきただけなので、苦し紛れにこんな薀蓄を書いているだけなのだけれど。

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カッパドキアの奇岩群と、旋舞(セマーゼン)

カッパドキアの奇岩の画像。本当にキノコそっくりだ
カッパドキアの奇岩。シメジみたいでしょ?

トルコに着いて3日目。我々2人は、世界遺産として有名なカッパドキアの奇岩群を見るために、イスタンブールから夜行バスに乗り込んだ。トルコのバスは質が良いと聞いていたが、座席を後ろに倒すレバーがついておらず、おまけに背もたれの部分が「く」の字型に曲がったおかしなデザインだったため、首を前に傾けた姿勢のまま12時間眠らねばならなかった。これは少々堪えたが、それでもパチンコ屋ばりの音楽と震度6クラスの揺れを持つインドのツーリストバスに比べれば全然大したことはない。

朝目覚めると、外は雪が降っており車の窓には霜が積もっていた。景色といえば地平線と、鉄塔と、まばらに生えた木のみ。吹雪のためか、人は殆ど歩いていない。ここへ来る前にツアーを組もうか個人で来ようか迷ったが、我々はツアーを選択した。しかしもし個人でここを回っていたとしたら、北海道の冬なみの天候の中をバス停やホテルを探して歩かねばならなかった。ブログのネタにはなるかもしれないが、その前に凍死していたかもしれない。

さて、カッパドキアの奇岩がどういう形をしているかというと、基本的にはシメジのようなキノコ型の形をしている。「T」の字の「|」の部分が白くて、その上に乗った「─」の岩が黒い。だからどう見てもキノコにしか見えないのである。その珍妙な岩が道路の途中に突然3本くらいニョキニョキっと生えていたり、或いは何百本も群生していたりして、大変に面白い。

そしてもっと面白いのが、これらの岩の多くには、キノコの大分高い位置に窓やドアの跡がついていて、人が住んでいた形跡があることである。高い位置にドアをつけたのは敵の侵入を防ぐ為だとしても、そもそも一体何故こんな岩に住もうと思ったのかが不思議だ。岩に穴を掘る労力を考えたら、木を切って家を作る方が断然楽だと思うのだけれど。しかしまぁ、僕もキノコの家に住めるなら住んでみたい。 

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イスタンブールと函館

南インドの美青年の画像。日本とは明らかに感覚が異なり、グラサンのマリオ面である
インドとの別れ際に見た看板。最後まで濃い国だなぁ。

1ヶ月に及ぶインド旅行ももうすぐ終わり。ムンバイでタクシーに乗って空港へと向かう途中、むさ苦しいインド人の巨大看板を発見。グラサンにチョビヒゲという胡散臭い顔で口をやや斜めに曲げて笑いながら、顔の横で両手を合わせて「おねんね」のポーズを取っている。僕にはこれが、「ま、色々あったろうけど、またインドに来いよな」と言う、インドからの別れの挨拶のように思えた。インドって奴は、いつも騒々しくて煩わしい奴だったけど、愛嬌があっていつも笑わせてくれたっけなぁ。いざ別れるとなると妙に寂しいぜ、グスン。と1人で妄想。

飛行機に乗ってインドを後にした我々は、トルコに向かうための経由地、フランクフルト空港に一端立ち寄った。この1ヶ月のインドの旅で、いつの間にかインド人の群集に目が慣れていたらしく、ドイツ経営の飛行機に乗った際、機内にたくさんの白人が乗っている様子を見て、緊張感というか、根本の違う人々と対峙したというか、何か違和感のようなものを感じた。しかしそれは逆に考えると、白人が日本人を見た時も同じように感じているのかもしれないし、単なる慣れの問題かなという気もしたので、あまり考えすぎないことにした。

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