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インドの中国大使館にデモ隊が突入
インドのニューデリーで、中国大使館にデモ隊が突入し、チベット人30人が拘束されたそうだ(ニュース本文はこちら)。
僕たち日本人と顔がそっくりのチベット人。最近のニュースでは連日、ラサで3月14日に起きた大規模暴動についての記事が報じられているが、一体何故こんなことが起きているのか、チベット自治区とは何なのか? がよく分かっていないので、この記事を書くついでに勉強してみようと思う。
そもそも「チベット」という国は今は存在しない。もともとは独立国家として存在していたのだけれど、1950年に中国が「チベットは中国の一部」と一方的に宣言して人民解放軍を進駐、そのまま武力で乗っ取ってしまったからだ。ダライ・ラマ14世の日記によれば、その時の人民解放軍はチベット人を生体解剖し、打ち首、焙り殺し、撲殺、生き埋めなど残虐の限りを尽くしたらしい。
その9年後、1959年には、当時23歳のダライ・ラマが僧院での修業を終了したことをきっかけに、中国がダライ・ラマを観劇に招待。これが中国側がダライ・ラマを拉致する為の策略であることを疑ったラサ市民がダライ・ラマ宮殿を包囲。解放を求める中国軍は民衆を砲撃し、約3000人の死者を出した。そのままダライ・ラマはインドへと亡命し、現在も尚、インド北部のダラムサラで亡命生活を余儀なくされている。
・チベット自治区
大きな地図で見る
ダライ・ラマがインドへ亡命した後、中国は「チベット政府の廃止」を宣言し、チベット地域の3分の1を占める西藏地方を「チベット自治区」として、自分達の管轄化に置いた。
中国は宗教上の理由などでチベット人を不当に逮捕したり、拷問を行ったという記述もある。2006年には中国西部の青海省西寧とラサとを結ぶ青蔵鉄道の開通に伴って漢民族の流入が増加、観光業と乱開発によるチベット文化の破壊も勢いを増している。
3月14日に起きた暴動は、こうした50年以上の不満が噴出し、表面に現れたものの1つなのだろう。その影響は世界にまで広がり、今回のインドでの中国大使館突入にまで至った訳だが、実はその前にもパリで、チベットデモ隊が中国大使館によじ登り、中国の国旗をチベットの国旗と変えてしまったという事件も発生している。
以下はパリの中国大使館前で行われたデモの様子である。今回の一連の動きに対し、自分がどのような感想を持てば良いのか、まだ整理がつかない。素直に中国に対し怒りを覚えれば良いのか、どうすれば良いのか、気持ちが戸惑ってしまうのである。それは恥ずかしいことだが、日本で暮らしている僕たちの日常生活とあまりにかけ離れたところで行われている印象を持ってしまうからかもしれない。
・一連の記事は以下が詳しいです。
YOMIURI ONLINE
僕たち日本人と顔がそっくりのチベット人。最近のニュースでは連日、ラサで3月14日に起きた大規模暴動についての記事が報じられているが、一体何故こんなことが起きているのか、チベット自治区とは何なのか? がよく分かっていないので、この記事を書くついでに勉強してみようと思う。
そもそも「チベット」という国は今は存在しない。もともとは独立国家として存在していたのだけれど、1950年に中国が「チベットは中国の一部」と一方的に宣言して人民解放軍を進駐、そのまま武力で乗っ取ってしまったからだ。ダライ・ラマ14世の日記によれば、その時の人民解放軍はチベット人を生体解剖し、打ち首、焙り殺し、撲殺、生き埋めなど残虐の限りを尽くしたらしい。
その9年後、1959年には、当時23歳のダライ・ラマが僧院での修業を終了したことをきっかけに、中国がダライ・ラマを観劇に招待。これが中国側がダライ・ラマを拉致する為の策略であることを疑ったラサ市民がダライ・ラマ宮殿を包囲。解放を求める中国軍は民衆を砲撃し、約3000人の死者を出した。そのままダライ・ラマはインドへと亡命し、現在も尚、インド北部のダラムサラで亡命生活を余儀なくされている。
・チベット自治区
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ダライ・ラマがインドへ亡命した後、中国は「チベット政府の廃止」を宣言し、チベット地域の3分の1を占める西藏地方を「チベット自治区」として、自分達の管轄化に置いた。
中国は宗教上の理由などでチベット人を不当に逮捕したり、拷問を行ったという記述もある。2006年には中国西部の青海省西寧とラサとを結ぶ青蔵鉄道の開通に伴って漢民族の流入が増加、観光業と乱開発によるチベット文化の破壊も勢いを増している。
3月14日に起きた暴動は、こうした50年以上の不満が噴出し、表面に現れたものの1つなのだろう。その影響は世界にまで広がり、今回のインドでの中国大使館突入にまで至った訳だが、実はその前にもパリで、チベットデモ隊が中国大使館によじ登り、中国の国旗をチベットの国旗と変えてしまったという事件も発生している。
以下はパリの中国大使館前で行われたデモの様子である。今回の一連の動きに対し、自分がどのような感想を持てば良いのか、まだ整理がつかない。素直に中国に対し怒りを覚えれば良いのか、どうすれば良いのか、気持ちが戸惑ってしまうのである。それは恥ずかしいことだが、日本で暮らしている僕たちの日常生活とあまりにかけ離れたところで行われている印象を持ってしまうからかもしれない。
・一連の記事は以下が詳しいです。
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